作曲家・壺井一歩
Composer / Ippo Tsuboi
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新12の歌についてのメモ

まえがき

これは、ギターのための編曲集「新12の歌」についてのメモである。2017年10月の「宮下祥子 Gift クラシックギターコンサート」において解説した内容が下敷きになっている。というかだいたいそのままである。だいぶ時間が経ってしまったが、備忘録としてここに記しておく。

「新12の歌」は、雑誌「GuitarDream」の編集長であった菅原潤さんの発案によって2006年から2009年にかけて断続的に編曲された。タイトルからも分かる通り、武満徹の「ギターのための『12の歌』」に倣った編曲集である。
2019年現在、楽譜は現代ギター社から刊行されている。
https://www.gendaiguitar.com/index.php?main_page=product_info&products_id=142656

また、この編曲集は初演者である宮下祥子さんのCD「Gift」にすばらしい演奏で全曲収録されている。ぜひ、多くのギタリストにはこの録音を参考にしていただきたいと思う。
https://www.amazon.co.jp/宮下祥子〈Gift〉-宮下祥子/dp/B01N1PLFDF

作品は、宮下祥子さんと菅原潤さんのお二人に献呈されている。




アメイジング・グレイス

最初に取り組んだアレンジ。1曲目だったので、曲の長さや難易度、音楽的な方向性など、いろいろと手探りだった。弾けるかどうかギターを触りながら書いた。中間部のカンパネラ奏法はヴィラ=ロボスの影響だと思う。


おぼろ月夜

これも最初のころのアレンジ。ギターをずいぶん触りながら書いた。しかし私はギタリストではないので、ギターを使って押弦ができるかどうかの確認はできても、レガートに繋げられない、などの問題が出てくることがある。当初この曲のイントロは全然違うものだったが、難しすぎていい演奏効果が得られないので書き直した。途中に何度か出てくるアルペジオの部分は武満徹的と言っていいと思う。


城ヶ島の雨

これは最後のころのアレンジ。大正時代に作られた歌だが、短調で始まって途中で長調になるというモダンな作りの曲。子供のころ、近所に住んでいたジャズ・クラリネットのおじいさんがこの曲をよく演奏していた。私のこの曲との出会いはそのおじいさんのジャズ・バージョンの城ヶ島の雨で、それでこのアレンジは少々ジャズ的になっている。


竹田の子守歌

シンプルなハーモニクスの単旋律から始まるアレンジ。その後、ハーモニーを伴ったアレンジになるが、民謡のような、本来ハーモニーを伴わない曲をアレンジするとき、その付け方は非常に自由になる。このアレンジでは、前半部分をdurとして解釈して、最後にmollに落とすということをしている。歌謡曲でいえば「なごり雪」と同じ形か。ちょっと物憂げ&ほろ苦い。


五木の子守歌

全体的にダークな印象のアレンジ。この曲ももとが民謡なので、ハーモニーの付け方は自由。中間部に少しだけ光が差してくるようなところがある。作曲家として、私が強く影響を受けたと思っている作曲家の一人にモンポウがいるが、このアレンジはどことなくモンポウっぽい気がしている。


グリーンスリーヴス

曲集前半を締めくくる規模の大きなアレンジ。


すみれの花咲く頃

宝塚歌劇団を象徴する歌として知られる。私は小学校低学年まで宝塚市に住んでいて、共働きだった両親に代わって祖母が面倒を見てくれていたのだが、その祖母がよく歌っていたので、私にはとても懐かしい歌。アレンジは、わざと拍に収まらないようにして、時間が揺らぐような効果を狙っている。


I Loves You, Porgy

ガーシュウィン作曲のオペラのアリアで、ジャズのスタンダード・ナンバー。作曲家のいろいろな能力の中で、いい旋律を書く、ということにだけはどうしても才能が必要なんだな、とときどき思う。この曲も、シンプルに登ったり降りたりしているだけなのに、なんて見事な旋律だろうと感心させられる。だから、アレンジではあんまり余計なことをしていない。この曲集で唯一5弦G。


みどりのそよ風

戦後すぐのころに作られた童謡。能天気な歌詞とメロディで、アレンジもこの曲集の中で最も明るい曲調。曲集の中では後半に置かれているが、アレンジしたのはたぶん3曲目くらい。これもギターをたくさん触りながら書いた。


ペチカ

なぜか私はこの曲をロシア民謡だと勘違いしていた。それで、似た雰囲気のあるチャイコフスキー作曲のアンダンテ・カンタービレから、数カ所を引用することにした。エンディングの和音も同じにした。楽譜の冒頭の速度表記もAndante cantabile。しかし、もちろん作曲は山田耕筰である。


仰げば尊し

卒業式の定番ソング。冒頭、中間部、ラストのアルペジオは思い出の走馬灯。このアレンジでもギターをよく触りながら書いた。


この道

この曲集で唯一、宮下さんのリクエストでアレンジすることになった曲。バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を模した部分から始まり、最後の方になってようやく「この道」の旋律が登場するが、バッハ風の部分と「この道」の部分の和声進行は、同じになっている。
6弦全部を使ったローポジションのEのコードを私は勝手に「ギターの主和音」と呼んでいるのだが、この曲の最後はその「ギターの主和音」で終わる。1時間近い音の旅の末、この曲集を幸福のうちに閉じるのである。